会津 | 写真家 鈴木渉 official website

会津

慶徳稲荷神社の御田植祭(喜多方市)

「慶徳稲荷神社の田植神事」は、「慶徳のお田植祭り」として会津一円では特に知られるお祭りで、毎年「半夏生(はんげしょう)」の日に行われます。半夏生の日は通常7月2日ですが、閏年は7月1日となります。神事は、社殿における祝詞奏上(のりとそうじょう)・田植歌の奉納、御輿渡御(みこしとぎょ)と進行します。御輿が神田に着くと、「デコ」と呼ばれる田植人形を畔に立て、田植歌に合わせて、狐の面を持った子どもたちが苗を投げ入れ、早乙女たちが苗を植えます。会津地方は、全国にある田植神事の北限であるとされ、昭和63年に県の無形民俗文化財に指定されました。

伊佐須美神社の御田植祭(会津美里町)

    伊佐須美神社の御田植祭(会津美里町)、毎年7月12日に催されるこの祭りは伊佐須美神社最大の祭りであると同時に、伊勢神宮の朝田植、熱田神宮の夕田植と並び、伊佐須美神社の昼田植と称され、日本三大「御田植祭」の一つと数えられています。

    地元の小中学生など町民が町中を掛け声響かせながら練り歩く勇壮な「獅子追い」から始まり、農家の長男が女装して踊る伝統の「早乙女舞」が奉納され、そのほか「神輿渡御」「田植式」が繰り広げられます。(2013.7.12撮影)

会津彼岸獅子・小松獅子

      小松獅子保存会による獅子舞です。20日は御薬園、21日は小雪がちらつく会津若松市役所まえでの撮影です。小松獅子は戊辰戦争の際、政府軍に包囲された鶴ヶ城に獅子団を先頭に「通り囃子」を演奏しながら堂々と行進した獅子団です。

    会津彼岸獅子・小松獅子の衣装はシンプルでとても美しいです。戊辰戦争での功績を称えられ小松獅子に限って会津三つ葵の使用が許されたと記録されています。(獅子頭下の頬掛けの家紋)幣束を持った子供が愛らしいこと。

    ※戊辰戦争の際、鶴ヶ城は敵軍に包囲され城中の兵は少なく守備も薄弱であった。そこで国家老山川大蔵は一計を案じ小松獅子舞組を先頭に通り囃子を奏しながら堂々と行進、一兵も損じることなく入城をはたした。

御薬園駐車場 2018.3.20撮影
御薬園駐車場 2018.3.20撮影
御薬園 2018.3.20撮影
会津若松市役所2018.3.21撮影

会津・美里の御田植え祭①

伊佐須美神社の「御田植祭」は伊勢神宮の朝田植、熱田神宮の夕田植と共に、日本三田植の1つと称されています。伊佐須美神社を出発し、御田神社御神田で田植えの神事を行い、その年の豊作を祈願します。
2013年7月撮影
2013年7月撮影
2013年7月撮影
2013年7月撮影

会津田島の祇園祭 (南会津町)

会津田島祇園祭(あいづたじまぎおんさい)は、福島県南会津町田島で7月22日から24日にかけて行われる、田出宇賀神社熊野神社の祭典である(田出宇賀神社の祇園祭と熊野神社の例大祭)。「お党屋(おとうや)」という特色ある祭りの組織を中心に執行され、京都市八坂神社祇園祭福岡市櫛田神社博多祇園山笠と並ぶ、日本三大祇園祭の一つとされている。

昭和56年(1981年)1月21日に田島祇園祭のおとうや行事(たじまぎおんまつりのおとうやぎょうじ)として国の重要無形民俗文化財に指定された。

会津田島の祇園祭②

会津田島の祇園祭③

2015年7月撮影
2015年7月撮影
2015年7月撮影
2015年7月撮影

会津田島の祇園祭④

会津田島の祇園祭⑤

2015年7月撮影
2015年7月撮影
2015年7月撮影
2015年7月撮影

本瀧澤彼岸獅子(会津若松市)

2014.3.21撮影
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舟曳祭り(磐梯町)

舟曳祭りは春分の日に磐梯神社で行われます。
飯舟と呼ばれる木舟に米俵を三俵重ね、舟の両端に二本の綱をつけ
氏子が東西に分かれて引き合います。
三回勝負で東が勝てば「豊作」、西が勝てば「米の値段が上がる」
というその年の作柄を占う神事です。
2014.3.21撮影
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