写真家 鈴木渉
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最新情報

2017.09.13
うみラボ
2017.09.13
取材履歴追加
2017.09.01
桃の収穫と選果(福島市飯坂町)
2017.08.29
取材履歴追加
2017.08.10
都路の灯祭り(田村市)
2017.08.08
道の駅前のヒマワリ(飯舘村)
2017.08.07
わらじ祭り(福島市)
2017.07.30
取材履歴追加
2017.06.10
相馬野馬追を追加
2017.06.07
写真展日程追加、ブログを更新しました。

うみラボ(いわき市)

いわき海洋調べ隊「うみラボ」は市民有志による海洋調査チームです。久ノ浜漁港から出港し福島第一原発1.5km沖の海底土の採取、「アクアマリンふくしま」の協力を受けながら魚の放射性物質の調査を継続しています。(2017.9.10撮影)
隊員の説明
福島第一原発
海底土の採取
魚のサンプリング

桃の収穫・選果(福島市飯坂町)

    桃の収穫は朝早くから始まります。福島飯坂・鈴木農園さんのこだわりは「取り棒」を使って熟した桃だけを一つ一つ丁寧にもぎ取る方法です。また、桃が重ならないよう平コンに並べて収穫します。
    また、選果は桃の状態が良く見えるよう天井から自然光の差し込む明るい作業場で行われます。色や形、傷の有無、糖度も測定して選び抜かれた桃だけが出荷されます。(取材協力:福島飯坂・鈴木農園)

取り棒を使って熟した桃だけを収穫する
軽トラックの荷台に積み込む
天井から自然光が差し込む明るい作業場で選果する
贈答用の見事な桃が並べられた

都路の灯祭り(田村市)

道の駅前のヒマワリ(飯舘村)

    福島県飯舘村で8月12日道の駅がオープンします。その前の畑が今、ヒマワリ一色です。道の駅に向かう途中に明るい黄色がパッと目に飛び込んできてとても元気が出ました。道の駅のオープンを待ちかねているようです。新聞でも紹介されたらしく家族連れなどがヒマワリ畑を見に来ていました。
    伊達市に避難中の方は「すごくたくさんあってびっくりした」「ヒマワリは元気が出るねぇ~」と話していました。

2017年8月4日撮影
2017年8月4日撮影
2017年8月4日撮影
2017年8月4日撮影

わらじ祭り(福島市)

    東北六魂祭の一つに数えられる福島わらじ祭りは江戸時代から300年の歴史がある「信夫三山暁まいり」を参考に1970年から福島市、福島商工会議所が市民の健脚を願って始めた夏祭りです。初日の8月4日はわらじ踊りⅠ部、Ⅱ部、ダンシングソーダナイトⅠ部が行われました。沿道には多くの市民が詰めかけ平成わらじ音頭に合わせて踊るわらじ踊りを見物しました。

2017.8.4撮影
2017.8.4撮影
2017.8.4撮影
2017.8.4撮影

相馬野馬追(2016年)

神馬を引く
急坂なので勢い付けて神輿を担ぎあげる
神旗をとった武者が喜びの表情で駆け上がる
総大将のお休みどころ

上羽太天道念仏踊り(白河郡西郷村)

羽太の天道念仏踊は、毎年田植え終了後の6月第一日曜日に行われます。五穀豊穣を祈願するとともに、地区の娯楽ともなっています。現在は上羽太コミュニティセンター前で踊りますが、以前は地区の家々を順番に回り、軒先で踊っていました。その軒先に前庭として、二間四方を区切り、四隅に木臼と青竹を立て、注連縄を張り、三方を梯子で囲みます。祭壇には日天、月天の飾りと幣束、萱の小束、割竹に千代紙の重ね花形を糊付けしたものを地区戸数分を作り供えます。(西郷村HPより)

2016年6月5日撮影
2016年6月5日撮影
2016年6月5日撮影
2016年6月5日撮影

田んぼとシラサギ(いわき市田人町近郊)

田植え直後の田んぼにシラサギがいました。

綱木地区のクマガイ草(いわき市)

    福島県いわき市田人町綱木地区の平子長雄さん宅裏山にクマガイソウの群落があります。木漏れ日のなか、クマガイ草が頭を下げてお出迎え。約3万株が守る会の会員によって綺麗に手入れされています。(2017年5月16日撮影)

まち・なみ・まるしぇ(浪江町)

    『まち・なみ・まるしぇ』は浪江町仮設商業共同店舗施設です。浪江の新しい街に人々が楽しく集う市場をイメージし「まち」には街並み、待ち合わせ「なみ」は浪江のなみ「まるしぇ」は市場の意味をこめています。

災害復興公営住宅・曲田第一団地(富岡町)

    福島県富岡町のさくらモール近くに曲田第一団地が建てられていました。富岡町の災害公営住宅で帰還となった4月から入居が始まったそうです。まだ入居が始まったばかりですが真新しい住宅の間には広場的なスペースもあり住民相互のコミュニティーも形成しやすいような街並みでした。避難先の郡山から入居したばかりの人に聞いたところ「同じ富岡町と言っても知っている人は少ない」「早くにぎやかになればよいです」と話していました。(2017.5.4撮影)

江名諏訪神社の例大祭(いわき市)

2017年5月4日いわき市にある江名諏訪神社で例大祭が行われ神輿が町内を渡御しました。重さ1.5トンの本神輿が81段の急な階段を下り、子供神輿と共に威勢よく町内を練り歩きました。

夜ノ森(富岡町)

夜ノ森の桜並木 2017.4.12
夜ノ森駅舎 2017.4.12
ツツジの切株とフレコンバッグ 2017.4.12
除染作業中 2017.4.12

花見山(福島市)

山津見神社のオオカミ天井絵 (飯舘村)

飯舘村佐須の山津見神社には明治37年に中村藩の絵師によって描かれたオオカミの天井絵がありましたが、2013年4月の火災で拝殿が焼失し天井絵も失われていました。その後、東京芸術大学の教授や日本画研究の大学院生によって復元されました。(2017.4.12撮影)
天井絵を見上げる参拝者
オオカミは自然の中で表情豊か
天井絵は全部で242枚ある
オオカミは眷属(神使)である

鶏足神社のお浜下り(南相馬市)①

2017年3月25日、福島県南相馬市鹿島区にある鶏足神社で「お浜下り遷宮祭」が行われました。
100年以上にわたり、12年に一度の酉年に行われてきたお祭りで南海老の大蛇(おろち)神楽や北海老の万作踊り、子ども手踊りが奉納されました。神事は神事祭礼、神輿御幸、芸能奉納、浜祭場での潮垢離奉納祭礼がおこなわれました。
神輿の準備
北海老の万作踊り一行
北海老の子ども手踊り一行
南海老の大蛇(おろち)神楽

鶏足神社のお浜下り ②(南相馬市)

鶏足神社におまつりしている神さまは「泥土煮尊(ういじにのみこと)」です。天の神さまの中で四代目に現れた神さまです。パートナーは「沙土煮尊(すいじにのみこと)」で、南海老の金砂神社にまつられています。
北海老の子ども手踊り
北海老の万作踊り
神輿御幸
奉納終えて、南海老の大蛇(おろち)神楽

北萱浜の神楽と天狗舞(南相馬市)

2月初午の2017・2・12に北萱浜にある稲荷神社で神楽と天狗舞が奉納されました。神楽には幕舞、幣束舞、鈴舞があり、いずれも四方を巡りながら各角で中央に進んでは戻るもので、福島県内でも珍しいので、伝来経路が異なるといわれています。天狗舞は、新潟県の「獅子舞」と類似したところがあると言われており、悪疫退散のために行ったなどの伝承があります。平成7年に南相馬市の無形民俗文化財に指定されています。
北萱浜地区稲荷神社付近
北萱浜地区稲荷神社付近
神楽の準備
神楽の準備(2017.2.12撮影)

北萱浜の神楽と天狗舞②(南相馬市)

八槻都々古別神社の御田植え祭 (棚倉町)

豊作を祈って神楽を奉納するお祭りで、拝殿において、一連の稲作風景がユーモラスな舞と掛け合いにより演じられます。(能狂言風な所作による田遊びで、国の重要無形民俗文化財に指定されています。)
2017.2.2撮影
2017.2.2撮影
2017.2.2撮影
2017.2.2撮影

沼ノ内の水祝儀(いわき市)

いわき市の平沼ノ内地区に古くから(約400年前)伝わる奇祭で、別名「水かけまつり」とも呼ばれ、いわき市の無形民俗文化財に指定されています。 火の神である愛宕神社で行われ、地区で結婚した新郎に水を浴びせ、無病息災・豊漁と安全・豊作を祈願する祭りです。
 
神事の準備
ユーモラスな仕草で観衆をわかせる
今年の新郎は四名でした

金沢の羽山ごもり(福島市)

国指定の重要無形文化財で五穀豊穣と無病息災を祈願し行われる神事です。
井戸水で水垢離(みずごり)をとり神事の際には「忌み言葉」を用いたり、「ヨイサアの儀」という模擬稲作の予祝行事を残したお田植え歌が歌われるなど古い信仰の姿を現在も引き継いでいます。民俗学的にも大変貴重な神事です。

川添の神楽(浪江町)

明治40年頃、修業を積んだ地元の神楽の名人が村人に披露したのが始まりとされ、正月に悪魔祓いや豊年万作の祈願をしながら舞い歩く獅子神楽は、浪江町川添地区の住民に脈々と受け継がれてきた伝統芸能です。ふるさとの記憶を風化させないために平成26年から活動を再開しました。
(ふるさとの祭りパンフレットより)
2016ふるさとの祭りin白河
2016ふるさとの祭りin白河
2016ふるさとの祭りin白河
2016ふるさとの祭りin白河

請戸の田植え踊(浪江町)

福島県浪江町請戸の田植え踊りは約300年前から伝えられており、昔地区が飢饉になった時、地区の「くさの神社」に奉納した所、その年は豊作になったと伝えられています。数ある田植え踊の中でもっとも芸能化が進んだ華やかな踊りです。
(2016年「ふるさとの祭りin白河」パンフレットより)

小宮の田植え踊(飯舘村)

福島県飯舘村小宮の田植え踊は村内に11ある田植え踊りの中でも一番新しい踊りだと伝えられています。度重なる冷害等で他の地区では田植え踊を神社に奉納し無病息災、豊年満作を祈願しました。旧暦の1月14日に神社に奉納してから各戸をめぐり、神棚のある部屋で踊るのが通例になっています。小宮の田植え踊は、他の地区の踊りと比べて振りも衣装も華やかで踊り子の早乙女役は女性によって演舞されています。(実行委員会パンフレットより)
2016ふるさとの祭りin白河
2016ふるさとの祭りin白河
2016ふるさとの祭りin白河
2016ふるさとの祭りin白河

原釜漁港の灯籠流し(相馬市)

東日本大震災では原釜地区、磯部地区の津波被害が大きく、相馬市で458人の尊い命が失われました。2016年8月12日夕刻、原釜漁港で灯籠流しが行われました。
灯籠に点火する
船から灯籠が放たれた
風と潮流で漁港内を流されてゆく
灯籠を見つめる

じゃんがら念仏踊り(いわき市)

じゃんがら念仏踊り(じゃんがらねんぶつおどり)は、福島県いわき市を中心に分布・伝承する郷土芸能で、鉦、太鼓を打ち鳴らしながら新盆を迎えた家などを供養して回る踊念仏の一種です。

いわき市内では、単に「じゃんがら」と呼ばれ親しまれています。主に毎年8月13日から15日までの3日間行われ、いわきの夏の風物詩として知られています。いわき市の無形民俗文化財に指定されています。

2013年撮影
2013年撮影
2013年撮影
2013年撮影

原瀬の太々神楽(二本松市)

福島県二本松市原瀬諏訪にある諏訪神社の神楽殿において、宵祭りの8月26日に演じられる出雲流神楽です。この出雲流神楽を地元では「諏訪神社永代太々神楽」と呼び、また単に「十二神楽」、「太々神楽」とも呼んでいます。
演者は氏子有志からなる楽人であり、曲目は10数座を伝えています。古くは、祭礼のたびに近郷の神職が集まって演じていましたが、明治初年頃から氏子に伝授されました。曲目こそ少ないですが、古風をよく守り伝えており貴重です。
2013年撮影
2013年撮影
2013年撮影
2013年撮影

原瀬の太々神楽(二本松市)②

2013年撮影
2013年撮影
2013年撮影
2013年撮影

釈迦堂川花火大会(須賀川市)

福島県須賀川市で開催される、県内最大規模の大会です。音楽創作花火や、尺5寸玉、「ナイヤガラ」、有名花火師による尺玉の競演など、さまざまな花火を堪能できます。また、大事な人たちへの思いを込めたメモリアル花火も夜空へ打ち上げられます。2016年は8月20日開催。
2014年8月撮影
2014年8月撮影
2014年8月撮影
2014年8月撮影

御宝殿の稚児田楽 (いわき市)

御宝殿の稚児田楽・風流(ごほうでんのちごでんがく・ふりゅう)は、福島県いわき市に伝わる民俗芸能です。錦町御宝殿の熊野神社で毎年7月31日と8月1日に奉納されます。

稚児田楽の舞方は、露払い2名とビンザサラ6名で、10歳前後の男子があたり、年少の男子が舞う例は全国的に見ても少ないとされています。舞は4人ずつ向き合い、総めぐり・親と子の取り替え・一列の組打ち・二列の組打ち・親は親、子は子・の4種を組み合わせています。伝来については定かでは無いが、舞の一部は那智の田楽と類似しており、所作は簡潔であるが田楽としての形態は整っています。

熊野神社の8月1日の祭りには常設の舞台で獅子舞が行われます。獅子舞とはいっても獅子神楽や鞨鼓獅子舞とは全く異なる風流であり、鷺の舞・龍の舞・鹿の舞・獅子舞の4種からなる舞で、この舞は芸能化する前の古風な姿をとどめたものといわれています。いずれも全国的にも例の少ない貴重な文化遺産であり、1975年(昭和50年)の文化財保護法の改正によって制定された重要無形民俗文化財の第1回の指定を受けました。

2015年撮影
2015年撮影
2015年撮影
2015年撮影

相馬野馬追・神旗争奪戦

打ち上げられた花火の中からゆっくり落ちてくる御神旗を騎馬武者たちが争奪する行事です。雲雀ヶ原の祭場地に隣接する本陣山から陣螺が鳴り響くと、雲雀ヶ原一面に500余騎が広がり、花火1発ごとに2本の御神旗が舞い降ります。御神旗を勝ち取った騎馬武者は高々と御神旗を掲げ、羊腸の坂を本陣山山頂に向けて一気に駆け上がります。御神旗は、相馬中村神社が青、相馬太田神社が赤、相馬小高神社が黄色となっています。(2016年撮影) 
御神旗の落下地点に集結
激しい争奪戦
女性武者が御神旗を取った
全身で喜びを表す

相馬野馬追③ 火の祭

昔、騎馬行列が雲雀ヶ原祭場地より帰るころ、住民が沿道に提灯や松明をかざして慰労の意を表したのが始まりです。 このことをヒントに、1892年(明治25)年、祭りの気分を一層もり上げるために、「火の祭」が考案されました。当時は小高神社から見渡せる丘陵や田のあぜ道に、灯油を入れたホッキ貝を棒にぶら下げて並べ、さらに行列が小高神社に到着するのを合図に、数百発の爆竹や花火を打ち上げました。
火の祭は、このとき以来100年余り続き、花火打上場所周辺の田んぼのあぜ道や前川の土手に、点々と並べられたかがり火(火の玉)を灯すと、幻想的な風景が浮かびあがり、この後、一面に灯ったかがり火の中から、花火を打ち上げています。
集まった人々
神事が執り行われた
花火打ち上げ
かがり火
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